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日本ワインと国産ジビエに共通する課題、そしてマリアージュの可能性

2025.09.09
コラム

日本ワインと国産ジビエ。どちらも徐々に知られるようになってきたとはいえ、まだその魅力、底力は十分に伝わっておらず、限定的な消費に留まっています。縁あってメルシャンの安蔵氏と日本ジビエ振興協会の代表理事・藤木氏が邂逅したことから、今回の日本ワインと国産ジビエを語り合う場が実現。そこで語られたのは日本ワインと国産ジビエの不思議な共通点と、豊かな未来の可能性です。対談は、安蔵氏がセレクトした日本ワインを開け、藤木氏によるジビエ料理とのペアリングを検討しながら行われましたが、それは常識を覆し、新たな可能性を切り拓く、テーブルの上の小さな冒険のようでもありました。

安蔵 光弘
1968年茨城県水戸市生まれ。東京大学農学部農芸化学科卒業、同大学院修士課程応用生命工学専攻(応用微生物学)修了。メルシャン株式会社入社、勝沼ワイナリー配属。2001年より、ボルドー・オーメドックに同社が所有するシャトー・レイソン駐在。同時期にボルドー大学醸造学部でDUADおよびDU Technologie du Vin取得。2005年に帰国後、勝沼ワイナリー品質管理課長(ワインメーカー)、本社品質管理部長などを経て、シャトー・メルシャン ゼネラル・マネージャー。2020年から山梨県ワイン酒造組合会長、日本ワイナリー協会理事も務める。
藤木 徳彦
1971年東京生まれ。1998年長野県蓼科に「オーベルジュ・エスポワール」オープン。オーナーシェフを務める。オープン当初から地産地消のレストランとして秋から冬はジビエを提供する中、全国に広がる野生獣による農林業への被害に直面。レストランに食材を提供してくれる農家が苦しみ離農していく状況を改善したいという思いと、一方で捕獲してただ捨てられる野生獣は本来尊い命に感謝を捧げ、美味しく調理して人間の命の糧とするべきだという思いから、料理人としてジビエの価値や調理方法を伝道することで、無駄な命をなくそうという活動を開始。2012年に「日本ジビエ振興協議会」設立。2014年に「NPO法人日本ジビエ振興協議会」、2017年に「(一社)日本ジビエ振興協会」に改組。代表理事を務める。

日本ワインと国産ジビエの現在位置

対談の舞台となったのは、藤木氏がオーナーシェフを務める長野県にある「オーベルジュ・エスポワール」です。藤木氏は、1999年に東京から移住し長野県の蓼科高原にオーベルジュをオープン。地域食材を使ったメニューを提供するうちに地元猟師さんが獲る鹿肉に出会い、「信州ジビエ」としてお店のメインに据えるようになりました。その後、ジビエがレストランの目玉だというだけでなく、地域の鳥獣被害緩和や農家支援、新しい雇用の創出など、地方創生にリンクしていくことに気づいたことから、「日本ジビエ振興協会」の設立へとつながっています。現在もジビエはエスポワールの看板メニューであり、ジビエづくしのコースが人気となっています。

「ジビエってクセが強いイメージがありましてね。フランスに住んでいたときも、何回かジビエを食べに行きましたが、ウサギのロティとかとにかくアンモニア臭くてですね、これがジビエなのかな? フランス人はこれを美味しいと思うのかな?って不思議に思っていました」

と話すのは安蔵氏。先年のワインイベントで出会った藤木氏にジビエの美味しさを説かれ、改めてジビエに興味を持ったのだと話します。

「今日の料理は本当に美味しくて、藤木さんが、『ジビエは、本当はクセがないんだ、処理の仕方が悪いだけなんだ』熱心に教えてくれたことが、今日は本当に実感できました」

藤木氏は、厚労省が2014年に出した「野生鳥獣肉の衛生管理に関するガイドライン」によって、国産ジビエの質が格段に向上したのだと言います。

「昔は、猟師さんが山の中で、ナイフ一本で捌くのが普通でした。衛生的にも不安があり、食味的にもばらつくものが“山肉”として食べられてきた歴史があります。正しい処理の仕方も知られていなかったので、肉は臭くなりやすく、また固いものが当たり前に食べられていました。今も根強く残る“固い、臭い”というジビエのイメージはそのせいためです。しかし、2014年のガイドラインは、捕獲後の血抜き、止め刺しの仕方や運搬についてだけでなく、その後の衛生的な解体方法や、その後の調理における安全な加熱温度にまで言及しており、これによって品質の高いジビエが生産されるようになってきたんです」

止め刺しや血抜き、温度管理、時間管理などがジビエの味に直結します。生産者の意識も向上し、質の高いジビエが市場に流通するようになりました。しかし、いまだに「固い、臭い」というイメージが根強いのも国産ジビエの悩みです。

「日本ワインも品質の低い時代が長かったので、いまだに甘ったるい、酸化しているというイメージを持っている人が多いんですよ。特に長くワインを飲んでいる方ほどそういうイメージが強いようです。そういう意味では、国産ジビエと日本ワインは、とても良く似た状況にあると言えるのかもしれませんね。この10年で日本ワインの品質はすごく向上し、扱うお店も増えています。しかし、日本ワインはまずい、というイメージを持った人は頑として飲まないんですよ」

と安蔵氏。国産ジビエも、悪いイメージのために最初の一口を食べない人が多いと藤木氏も言います。

共通する課題

日本ワイン、国産ジビエが、なぜ選ばれないのでしょうか。ここにも共通点があります。ひとつは、独自の良さを明確に打ち出せていないこと。もうひとつは、海外モノ・輸入モノに対する根強い信仰です。

国産ジビエの場合、出発点が「鳥獣被害対策」「有害鳥獣捕獲」であり、捕獲した獣の生命を無駄にしないために「食べて活かそう」というとこからスタートしたのだそうです。

「農水省では『利活用』と言うんです。捨てるのもったいないから食べよう、と。でも、余ってるから食べようでは食べたいという気持ちになりませんよね。やっぱり『美味しいから食べよう』『ジビエだから食べたい』という価値を明確に出さないと、食べてもらえないのではないか。ジビエ業界の現在の課題はそこにあります」

と藤木氏。また、ジビエは長く輸入モノが当たり前で、鹿といえばニュージーランド産、猪はカナダ産が一番良い、というイメージが定着しているそうです。

日本ワインも似た構図です。

「これだけ輸入ワインが溢れている中で、なぜ日本ワインが良いのか、ということを打ち出す戦略に欠けているのは、日本ワインも同じですね。値段も高いし、なんで日本ワインなの?という質問はよく聞かれます。そう聞かれたときには、日本の風土から生まれたブドウでできたお酒、ワインなので、日本の風土から生まれた食材と相性が良いところが、一番のアドバンテージではないかと、そう答えています」

数十年前の有名レストランはどこも空輸したフォアグラやブレス鶏などのフランス食材が多かったのですが、今では星付きレストランの多くが日本の食材を積極的に使っていると安蔵氏。

「日本の風土はそれだけ美味しい食材を生む力があるということ。国産ジビエも日本の風土に育まれた食材なので、やはり同じ風土から生まれた日本ワインと合わないはずがない。今日はそれを実験しているわけです(笑)」

ジビエも日本の風土と強く結びついています。藤木氏によると、国産ジビエには地域の自然や気候、季節の違いなどが如実に現れます。氏はそれを「ジビエのストーリー」だと言い、これを「日本ワインと合わせて楽しんでもらうのが、日本ならではのジビエの楽しみ方なんじゃないか」と話します。

「フランスでは秋から冬の狩猟期にジビエを食べるのが一般的ですが、日本では年中捕獲しているので1年中食べられます。実は、鹿は緑が生い茂る初夏が、一番肉質が良くなって美味しくなるんです。イノシシは脂の乗る初冬が良いという地域もありますし、地域によっては春でも良い。また肉の味を決めるのはやはり餌ですから、地域ごとに肉の味が変わってくる。こういうストーリーは輸入モノでは楽しめないでしょう。日本ワインにもストーリーがあり、国産ジビエのストーリーと合わせることで、価値と美味しさが高まるのではないでしょうか」

安蔵氏も言います。

「日本ワインは非常にデリケートな味わいで、確実にフランスのワインとは違うんです。日本的な味わい、そこに価値がある。もし我々がフランスの真似をして、例えばボルドーそっくりなメルローを作ったとしたら、その時点で価値はないんですよ。もちろん高品質なのは大前提で、その上で日本らしいワインでなければならない。そこに日本ワインを飲む価値と理由が生まれると思いますし、国産ジビエと合わせる意味も生まれてくるのだと思います」

見えてくる豊かな可能性

対談は、日本ワインとジビエ料理のペアリングを試しながら進められてきましたが、その中で見えてきたのは、日本ワインと国産ジビエの豊かな可能性です。

安蔵氏によると、映画『シグナチャー』の監督・柿崎ゆうじ氏が経営する世田谷のワインレストラン「Seta」は、日本ワインを主体にするレストランで、フランス大使館の関係者、フランス人が多く訪れるそうです。

「フランス人のお客さんに、フランスのワインと日本ワインをブラインドで飲んでもらうそうなんですよ。ひとつはムートン、もうひとつは桔梗ヶ原のシグナチャーだと。そうすると、シグナチャーのほうが美味しい、というお客さんが結構いて、日本ワインが気に入って常連になるそうなんですよ」

「驚きと発見が大事ですよね」と藤木氏も相槌を打ちます。
「日本ワインって美味しいんだ!という驚きがあると、また飲みたくなる。一度その味を体験することで価値を感じて、リピーターになってくれる。それはジビエも一緒。日本の料理人やソムリエ、飲食事業者は忙しすぎて、なかなか新しいワインや食材に気を回せないと思いますが、一度体験してもらえば、使ってみたいと思ってもらえる。その意味では、日本ワインも国産ジビエも伸びしろしかないのではないでしょうか」

試食は5品、ワインも5本用意しました。試食前にある程度料理とワインのペアリングは想定していましたが、実際に食べ始めてみると、「これも合う、こういう合わせ方も面白い」と、想定を超える組み合わせや楽しみ方が次々と浮かび上がっていたようです。

例えば、ソースの有無や、部位によって合わせるワインが変わる。藤木氏は、ジビエ料理の提供の際、基本的に肉に直接ソースを掛けることはないそうです。それは「肉そのものの味と、ソースを付けたときの味の違いを感じてほしいから」。香辛料や塩味なども極力抑え、肉そのものの味を立てるようにしています。

すると、肉だけで食べるとメルローが良いが、ソースをつけて食べると別のワインが良いといったように、一皿の中で複数のワインを楽しむことができることが分かってきました。また、カモの胸肉ともも肉とでは、脂ののりが違うために、これも一皿の中で合わせるワインが変わるのです。面白い発見があるたびに、藤木氏はソムリエを呼んで議論するなど、大いに盛り上がりました。

牛・豚・鶏といった家畜の肉なかなか出ない、肉の旬、季節感もジビエなら感じることができます。鹿もイノシシも熊も、季節によって肉のコンディションは変わり、合わせるワインも当然変わります。今回は、季節の違う肉を比べることはできませんでしたが、日本ワインの楽しみ方に大きな示唆を与えるものとなりました。

安蔵氏は、小さな歓声を上げながら、さまざまな食べ方と味わい方、ワインの合わせ方を試し、存分に味わっていました。それは、さながら小さな食の冒険であり、日本ワインと国産ジビエの魅力を発掘するための探検の旅でもあったかもしれません。

「お店や個人で、ジビエ料理とワインの飲み比べをするのは、ちょっと難しいかもしれませんが、これは面白い、美味しい体験ですね」と安蔵氏。

一皿の中でさまざまな味わいが生まれるのは「国産ジビエならでは」と藤木氏も話します。丁寧な処理、繊細な肉質、そしてジビエ特有の濃い肉の味わい。肉の味がしっかりしているがゆえの楽しみ方。「牛豚など他の肉では、こうした味の違いがわかりにくい」と藤木氏は言います。

もちろん、日本ワインと国産ジビエの楽しみ方に正解はありません。だからこそ、誰もが食の冒険に出ることができる、ブルーオーシャンが広がっていると言えるのはないでしょうか。それぞれの料理と日本ワインとのペアリングについては、各料理のページで御覧ください。

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文|
土屋季之
写真|
土屋季之
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