第2回 「歴史を動かした出会い」
ー 五一わいん様インタビュー記事 vol.1
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1970年代前半、甘味果実酒から本格ワインへと市場が大きく転換するなか、メルシャンが桔梗ヶ原に「日本のメルロー」の可能性を見出すきっかけを与えてくださったのが、株式会社 林農園(五一わいん醸造元)代表取締役会長・林 幹雄氏でした。
桔梗ヶ原におけるメルローの歩みを語るうえで欠かせない林氏に、平坦ではなかったこの地が「日本のメルロー」の銘醸地として確立されるまでの道筋を伺いました。
貴重なお話を全2回でお届けいたします。
株式会社 林農園(五一わいん醸造元)
代表取締役会長 林 幹雄(Mikio Hayashi)
長野県塩尻市・桔梗ヶ原にて、父・林 五一氏とともに、日本では不可能とされていた欧州系ブドウ、特にメルローの栽培にいち早く取り組んだ第一人者。
日本のメルロー栽培と本格ワイン造りの礎を築き、桔梗ヶ原を日本屈指の産地へ押し上げた中心人物である。父・五一氏が遺した「まず植えて、畑で確かめる」という姿勢は、今も五一わいんの根幹として息づいている。
目次
1.桔梗ヶ原メルロー改植50周年 ― 林 幹雄氏が語る、日本ワインの原点と未来
戦後の混乱、甘味果実酒全盛と欧州系品種への懐疑、技術的・制度的な壁、そしてウイルスという見えない敵。桔梗ヶ原が「日本のメルロー」を語るうえで欠かせない銘醸地へ至る道のりは、決して平坦なものではなかった。日本ワインの未来を切り拓いたのは、「前例のないことでも、まずやってみる」という姿勢であり、現場の叡智が生んだ数々の挑戦だったと林氏は語る。
その歩みは、生産者・研究者・企業が手を取り合い、未来へバトンをつないできた“リレーの記録”でもある。
Episode
「教科書にないことは、畑で作ればいい。前例がないなら、まずやってみる。」
冬の研究会、持ち寄ったボトルを前に場が静まり返ったとき、東京から来た先生がひと言「これは良い」。空気が少しだけ変わったあの瞬間を、いまでもはっきり覚えています。
2.「不毛の地」と言われた土地に根を下ろす ― 桔梗ヶ原の出発点
桔梗ヶ原は、かつて「作物が育たない」と言われた土地である。その地に果敢に踏み込み、梨やブドウの栽培を始めたのが父・林 五一氏だった。
一方、幹雄氏は日本大学農学部出身ではあったものの、当初はワイン造りを専門に学んでいたわけではない。戦中・戦後の産業構造の変化のなかで、「やる人がいないなら自分がやるしかない」と家業を継ぎ、ワインの世界に深く関わるようになる。
もちろん当時、桔梗ヶ原にワイン産地としての可能性を確信していた者は誰ひとりいなかった。
「なぜここでやるのか」という問いに対し、父と子は経験と直感、そして丹念な観察を武器に挑み続けた。
土壌・標高・日較差など、数値化が難しい“土地の個性”を畑で確認し続けることで、やがて桔梗ヶ原の潜在力が見えてきた。
Episode
「この土地は“ダメ”って言われました。でも、朝の霜のつき方や風の抜け方は悪くない。」
夜に藁を巻き、幹の冷たさを掌で確かめ、翌朝の霜の様子で答え合わせをする。数字にならない感覚を、身体で覚えていったのです。
父は口数が少ない人でしたが、本はよく読んでいました。二人で“ここでやる理由”を集めていきました。
3.歴史を動かした出会い ― 山形・赤湯がつないだ「メルロー」という選択
当時の日本ワインは、コンコードやナイアガラを原料とした甘味果実酒が主流であり、「欧州系品種は日本では育たない」というのが定説だった。
しかし、その流れを変えた“出会い”があった。父・五一氏と山形県赤湯(現・南陽市)を訪れた際、耳にしたのが「メルロー」という品種の名だった。
幹雄氏にとって未知の品種であったが、五一氏は大きな関心を示し、赤湯から複数の欧州系品種の枝を持ち帰って接ぎ木し、桔梗ヶ原で試験栽培を始めた。
結果、多くの品種が枯れるなか、メルローだけが健全に育ち、ワインに仕立てると際立った品質を示した。
常識からすれば「例外」に過ぎない。しかし幹雄氏は畑の手応えから、確信めいた感覚を覚えていたという。「この土地には、メルローが合う」。この判断は、後に桔梗ヶ原を日本を代表するメルロー産地へと導く大きな転機となった。
Episode
赤湯から持ち帰った枝を片っ端から接いで、様子を見ました。多くは枯れたり熟しきらなかったり。
でもメルローだけが残る。少量だけ仕込んで、輸入のボトルと並べて父とブラインドテイスティングに近い形で飲み比べました。
沈黙のあと、父が「こういうものがいいんだ」と。グラスの中の差が、いちばん雄弁でした。
次回: 「やるならメルローしかない」―その一言が、閉ざされた扉を開けた。
次回は、メルシャンが“6000本”の大規模改植に踏み切るまでの舞台裏を追います。
畑に配られた苗木が示した区画ごとの差、そこで浮かび上がる系統選抜と苗木健全化の必然。
さらに、評価が割れる中でも、現場の実感を確信へと変えた講習会や情報共有のリアル。
そして、受賞という光だけで終わらせず、翌年以降も“品質”を追い求める哲学まで。
賭けは、なぜ「勝ち筋」になり得たのか。 桔梗ヶ原メルローの現在地へとつながる、決断と検証についてご紹介します。
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