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第5回 桔梗ヶ原メルロー改植50周年
― 6000本改植 ― 見えなかった課題が動き出す
インタビュー記事 vol.4

「やるならメルローしかない」――その判断が、桔梗ヶ原で前例のない規模の改植へとつながりました。
しかし、6000本の配布は“成功物語”の始まりではありませんでした。
むしろ、畑ごとの品質差、苗木の系統差、ウイルスという見えない要因など、これまで表に出てこなかった課題を一気に浮かび上がらせたのです。
上野氏が語るのは、課題を認め、共有し、改善を積み上げていった現場のリアリティでした。

上野 昇(Noboru Ueno)
シャトー・メルシャン 元勝沼ワイナリー工場長

1975年、三楽オーシャン株式会社(現・メルシャン株式会社)入社。
当時、同社初の果樹を専門とする大卒技術者としてブドウ栽培・原料開発に携わる。入社直後より、長野県塩尻市桔梗ヶ原をはじめとする産地で欧州系品種の導入、栽培技術の確立、生産者指導に尽力。1970年代後半から始まった桔梗ヶ原におけるメルロー改植では、現場の最前線で栽培技術の検証と普及を担い、日本を代表するメルロー産地の土台づくりに貢献した。
その後、醸造・栽培の両面からワインづくりに関わり、工場長として現場を統括。退任後も、日本ワインの技術発展と人材育成に深く関わり続けている。

1.「まさか本当に6000本とは…」規模が生んだ緊張

改植を動かす言葉は短いものでした。「やるならメルローしかない」。
けれど、その言葉が現実になった瞬間、現場には別の感情が生まれます。決断の規模が大きいほど、現場の緊張も増していく。
苗木は、決めたからといってすぐに揃うものではありません。供給、増殖、健全性の確認―現実的な制約の中で道筋を描き、無理のない進め方を探る必要がありました。

Episode
「やるならメルローしかない」と言った後に出たのが、「まさか本当に6000本とは…正直、怖かった」という言葉でした。
決断の大きさが、そのまま現場の緊張になります。苗木は一度に揃わず、供給・増殖・検査にも制約がある。「いっぺんにドーンと」はできない。6000本は成功の証ではなく、現実を突きつける試練だったのです。

2.同じメルローでも結果が違う―“畑の差”が突きつけたもの

6000本という規模は、隠れていた差を浮かび上がらせました。
同じ品種を植えても、畑によって結果が違う。
樹勢、房つき、成熟のテンポ。点では見えなかった違いが、面になることで客観的になります。
産地としての理解が一段深まった瞬間でした。

Episode
6000本を植えると、同じ品種でも畑ごとの差が隠せなくなります。上野氏はそれを大げさにせず、「合う土地と合わない土地がある」と淡々と語ります。
差が出ることを異常とせず、次の改善の入口として捉える姿勢でした。
点の経験が面になり、違いが客観になる。だからこそ「何が違うのか」を言語化でき、産地としての理解が深まっていったのです。

3.系統・ウイルス・苗木健全化―課題の“見える化”と次の改善

もう一つ、6000本が浮かび上がらせたのが「苗木の違い」でした。
いまなら当然語られるクローンや健全苗木も、当時は概念として十分に共有されていたわけではありません。結果の差が、系統やウイルス、記録の重要性を課題として浮かび上がらせていきます。
重要だったのは、それらを明確にすることで、講習や情報共有を通じて“地域の学習”へと変えていったことでした。

Episode
いまでは当然のクローンや健全苗木も、当時は共有が十分ではありませんでした。
上野氏は「メルローはメルローだと思っていた」と率直に認めます。
しかし、結果の差が出れば無視できない。苗木の由来やウイルス、記録の重要性が浮かび上がります。
「走りながら考え、計画し、実施した。計画して記録してやればよかった」という反省が、次の改善の設計図になりました。

4.1985から1989へ―改善し続けたから、届いた評価

1989年の大金賞は、突然の成功ではありませんでした。
前年は評価されず、それでも挑戦を続けた結果です。
改善の積み重ねは、ある年に突然“成功につながる”ことがあります。だから挑戦はやめられない。
上野氏が残した「諦めてしまえば、それまでだった」という言葉が、この連続の姿勢を象徴しています。

Episode
1989年の、リュブリアーナ国際ワインコンクールでの大金賞は、一直線の成功ではありません。
評価されない年があるからこそ、次に何を変えるかを考える。改善は一度で終わらず、結果は遅れて表れることもあります。
だからこそ、常に改善を続けることが重要だと上野氏は語ります。その積み重ねが品質につながり、シャトー・メルシャンのビジョンである「日本を世界の銘醸地に」の実現に近づいていくのだと、熱を込めて振り返りました。

次回: 受賞は通過点―次の50年へ向けた挑戦
「『やるならメルローしかない』と言ったけれど、まさか本当に6000本とは…正直、怖かった。」
想定外の課題が次々と浮き彫りになりました。だからこそ必要だったのは、失敗を恐れず、共有して改善につなげること。
6000本は“成功の証”ではなく、桔梗ヶ原を鍛えるための“現実”だったのです。
次回は、受賞のその先へ。樽導入と世界基準、継続という課題、過剰生産や在庫、そして同じ塩尻市に位置する桔梗ヶ原と片丘の未来。当時、上野氏が見据えた「次の50年」に迫ります。

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